1959年9月26日。
その日の朝、名古屋は穏やかな空が広がっていた。
昼過ぎ、名古屋市内の学校から帰宅途中だった愛知県蟹江町の中学3年生、笹川孝(75)の心は少し弾んでいた。台風接近で、学校の授業が早く終わったからだ。
空は雲で少し陰り始めていた。しかし笹川は「台風はいつものようにそれていくだろう」と思っていた。
伊藤正男(91)はその日の昼過ぎ、勤め先の名古屋から三重県木曽岬村(現・木曽岬町)の自宅に帰って来ていた。「大きい台風が来る」ということで、家に帰された。空は上天気で「本当に台風なんか来るんか」とさえ思った。
第4管区海上保安本部の村瀬弘(86)は名古屋港内の巡回を終え、夕方には今の大手ふ頭の運河に巡視艇を係留した。非常配備だったためそのまま艇内で待機していたが、耳に強い痛みを感じた。
「気圧が低いからだろうか」。初めての経験だった。
60年前に日本列島を襲った「伊勢湾台風」。全国で死者・行方不明者は5千人超。そのうち、愛知、三重、岐阜の東海3県だけで約4700人を占めました。あの夜、何が起きたのか。被災者の証言を元に再現します。
「ボコンボコン」という音とともに
午後6時ごろ、愛知県蟹江町。
笹川が自宅でテレビを見ていたら、停電した。しばらくすると、家が持ち上げられるのではないかと思うほどの風雨が吹きつけた。外の様子を見ようと北の雨戸を開けると、日も暮れて真っ暗のはずの外が、なぜか夕暮れのように白く、明るかった。
「ボコンボコン」という音とと…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル